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2017.04.07 地震から1年
もうすぐ1年になる。  昨年の今頃は、秋津川沿いでお花見していた。

満開の桜と 菜の花が 川の土手に咲き誇り、クローバーの緑が美しく、

どんな下手が撮影してもいい写真が撮れる!

家を建て、無事に1年が経ち、幸せ満載だった。

以前に住んでいたマンションのお友達とそのお嬢さんと我が家とで

熊本市内の公園に遊びに行き、帰る前に我が家に立ち寄ってもらった。

家の近くに活断層があるから、制振装置を入れた!とかそんな話をして

「へー!そうなんだ!」みたいな話をしていた。案外、みんな活断層の

事は知らない人が多かった。

ハウスメーカーの人でさえ知らなかったみたいだった。

(ちなみに県外出身者で、最近熊本の支店に来た人だった)




4月13日に奈良へ日帰り。薬師寺にお参り。何度も写真を見たりしてて

楽しみにしていた月光菩薩様と日光菩薩様、そして薬師如来様。

優しい表情をイメージして行ったのに、なぜか?寂しそうに、厳しそうに

見えたのは、今思えば 「この先、大変だから気をつけなさい」と言われて

いたのかもしれない。4月14日の地震速報を聞いた奈良の友達は

「昨日、久々に会ったばかりだったのに!!!」と 住所を見直して

びっくりしたらしい。



4月14日は、出産後ちょうど1カ月になった西原村のPTの友達が

1か月検診の後に我が家に立ち寄って、抱っこさせてもらった。

自宅は全壊し、避難所では赤ちゃん連れという事もあって、

かなり良くしてもらったらしい。本当に良かった。



14日の夕方は、日が長くなって、暖かくなった事もあって、いつまでも

外で遊んでいた。お隣の家には外に金魚鉢があって、

それを動かそうとした長男に対し

「あんたが、家に居る時に、大男が家を揺らしたりしたら、怖いでしょ!」と

怒って、隣人さんが笑っていた。

まさに、その3時間後。 その状況が起こる。その話を隣人さんが翌日に

話していた。


あぁ、懐かしい。しかし、すぐ昨日の事のようにも思える。


自分の中で、忘れてはいけない。1つ1つ。 そう言い聞かせて

いるようだ。

だから、昨日の事のようなのかもしれない。


家に入る時も、外に居る時も、いつも足が震えている感じがしていた。

多分、揺れていたのだと思う。震度1、震度2は、回数が多すぎて、

いちいち 地震速報が流れないようになっていた。


地震警報は、だいたい遅れてきていた。揺れてから、スマホが鳴る。

震源が浅いからだ  と主人が言っていた。


車に居れば、どんなに揺れてもそんなに不安は無かった

「おぉー!揺れる揺れる!」そんな感じ。

家が潰れる事は無いと思っていた。ただ、陸の孤島に

なる心配はあった。この先どうなるんだろう?という不安よりも

すんごい事になった!という興奮状態が先走り

地域の人や見ず知らずの人と助け合う事に快感を得ていた。

変な感覚だった。

少しずつ色んな事が変わり、先月(3月)ようやくお隣との境界ブロックの

修理が終わった。ほんの少しではあったが、割れていた。

そのままでも支障は無かったが、地震の被害をいつまでも

目の当たりにするようで嫌だった。まぁ、そこが直った所で、

町中いたるところに、地震被害は沢山見られる。

隆起したマンホール(実際は地盤が沈下しただけ)。

傾いた電柱。割れた道路。川沿いに5キロ以上続く

土嚢袋の列。そして、橋と道路の高低差。

まだまだ倒れている家、建っているように見えるが、

赤紙が貼ってある家。倒れているブロック塀。

「復興支援車両」の名札が付いた沢山のトラック。

仮設住宅。「がまだせ!熊本」「がんばるけん!熊本」



色んな事があった。

色んな物を見た。

色んな事を聞いて、感じた。



最近はFaceBookばかりで ここは放置だけれど、FBにかけない事を

書いてみようと思う。



「 ボランティアは 

 所詮 自己満足か?! 」




びっくりする事に県内の人が言った。その人の被害は

あまり無かったのだろう。

もちろん、こんな事 この人しか言ってない。

それ、どういう意味で言ってんの? 確かに自己満足かもしれない。

「何かしてあげなきゃ!」「自分にできる事がしなくちゃ!」

あの混乱では、需要と供給がマッチしない事もあり、

ひょっとしたら、興味本位で来たボランティアも居るだろう。

被災地をあちこち周り。写真撮影し、こんな所に行ったんだぜ!的な。

そんな人も居るかもしれない。「せっかく来てやったのに、大して

ありがたみもわからないようで・・」みたいな記事も読んだ。

色んな感情があるだろう。

ただ、被災地から言わせてもらう。

「何にしたって、

助けてもらえるのは

ありがたい」




丁寧なお礼が言えなかった人も居たかもしれない。

自己満足 OK ! 

震度6や震度5 の余震が起こるリスクがあるなか、

お店も開いてない状況で、道も悪い所に遠い所から

身の危険だってある場所に来てくれる人が居るのだ。



そもそも、「優しさ」 の行為 を自己満足だとすれば、

それらの親切は多かれ少なかれ自己満足だと思うのである。

何が悪い?




「 震災の風化 」

これを責めるのは難しい。自分だって、新潟の中越地震

はすっかり忘れていた。

東北は覚えているけれど、時が経つにつれて薄れて行ってた。

あの頃は、コンビニのおつりで小銭が出ると500円以下は

募金箱に入れてた。

目まぐるしい世の中、その人の家庭にも日本社会にも問題は沢山ある。

いつまでの遠い所で起きた大きな地震とその被害について覚えている訳

にはいかないだろう。でも、被災地から言わせてもらえば、

本音は

 「 さびしい ( ´・ω・‘)・・ 」

町内だけでは、ましてや 県内の力だけでは 元の復興は難しい。



「 だいたい、 大きな断層があって、大きな地震があるような町が

 発展する訳がない。そんな町に 補助なんて要るのか? 」

みたいな意見をどこかで見た。あぁ。そうかもね。

でも、それ、自分の大好きな町でも

言えますか? 日本にはまだまだ分かっていない活断層が

沢山あるそうですよ。


子供への支援。炊き出しボランティア。復興ライブ。

直接自分への恩恵が無くとも、元々需要として無かったものを

貰ったとしても。

「 全国から、

『熊本を元気にしてあげよう』 

と思ってくれて

手を差し伸べてくれる人が居る」 




という事が 復興に向けての勇気を貰える。




「被災地」

益城町は すっかり被災地になってしまった。 全国から見れば

「熊本」 が すっかり被災地になってしまった。

玉名や荒尾、 水俣等 被害の少なかった地域からしれみれば

どこか風評被害めいた物もあるんじゃないかと思う。

初対面の人に 「益城から来ました」 というと、真っ先に地震の

話になる。若干嫌気がさす事もあるけれど、

益城町全域があんな悲惨な状況だと思われるのもいけないと

思うので 「 我が家周辺は 活断層の近くだったけど 無事 」

という言葉を話す。

これは、どこも抜けてはいけない文章で。活断層の近くから

順に被害に遭う訳では無い事を伝えたい。もちろん新築だった

という利点もあるけれど、古い家も倒れてない所は沢山ある。

地盤とか、建物の状況によると思う。

そして、これは「あなたは町外の方ですけれども、あなたの家の地盤は

大丈夫ですか?」 の気持ちを込めている。

どこでどんな地震が起こるか?分からないのである。

地盤は大丈夫ですか?家の補強、家具の配置等 大丈夫ですか?


そして、「被災地」と呼ばれる事への辛さもある。


ようするに 

「みじめ。+゚(゚´Д`゚)゚+。 」

だからこそ、テレビの取材で笑っている人が居るんじゃないかと思う。

もちろん、前向きでいかなきゃならないから だろうけれども。

心底、その明るさで居られる人はいないと思う。

そして、メディアで 「被災地」 の悲惨な状況を流して

くれるからこそ、細々とでも支援が続いているのだと思う。

それにしても

いつまで 「被災地」なんだろう。東北の時も、友達の

家が被災し、同じ事を考えた。

友達の気持ちを想うと 「被災地」に代わる言葉が無いものかと

思った。「復興地」 んー。。。。。




「益城」とその「周辺地域」

熊本市内の友達が言った



「熊本市内は、自宅が全半壊した人や仮設・みなし仮設に居る人は、

 未だ色々と問題があって、そうでない人(通常の生活をしてる人

との格差が大きいけれど、益城町民はそうで無いんだってね」


そう、そうなんだよ。確かに、全半壊し、仮設やみなし仮設にて

生活している人と、ほぼ通常の生活をしている人との格差はあるものの

道は壊れ、パンクする車は多く、凸凹道に、災害ゴミが落ちてて

橋は壊れ、災害ゴミによる空気は悪く (前より落ち着いたかな)

「被災地」のレッテルがあって。。



あぁ。1年。  またメディアに追いかけられるのかな。

子供らの保育園が新しい場所に出来て、

家の近くにあった壊れた橋が復旧したら・・

とりあえず、我が家はまあまあ元通りかな。

震災後、1、2年後が一番 心身に疲労がたまるらしい。

これも、震災の後遺症、あれも震災の後遺症 なんて

思えば 思い当たる事も 無いことはない。

震災のせいにしてしまえば 慰めにもなるけれど。


いつまでも後ろを向いててはいけないのだろうなと思うし。


また、こうして 震災の事をまとめていると、後々読み直した時に

復興している事を実感できる。



先日グリーンランド(遊園地)に行き、子供用のジェットコースターに

乗って、前震と同じような揺れを感じ、蘇ってきた記憶に

ビクビクする私。

色んな思いがあるからこそ、まだ忘れてはならない感覚なのだろう。
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