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高齢者相手の仕事をして13年になる。



最初の頃は、お年寄りから 



 「 体も頭も 悪くなるばっかり。歳はとりたくない。

       はやく お迎えが来ないかな ・・・ 」
 




という言葉を聞くのが 嫌で嫌で しょうがなかった。


 どう返答してよいか? 分からないからだ。


「歳をとる」 という事は、心身の衰えに

 耐えながら・・・受容しながら・・・生きていくこと




 お薬や 運動などで 多少は 元気になることはあっても

 さらに歳をとる事で 病気をしたり・・の繰り返し?

 結局は 衰えていく 頭と体



 「 ・・・ もう いつお迎えが来てもいい ・・・」 に


 どうして 返答してよいやら 分からず


 「○○さんが 亡くなられたら 私 さびしいですよ」

  
 などと、気休め程度の 返答しか出来ず。

 そんな中 「運動へのモティベーションを高めなければいけない」

 自分のジレンマと



 「本当は この人、運動してまで長生きしたいと思ってないんじゃないか?」
 
 という 結局は こちらの都合で運動してもらっているんじゃないか?と

 いう 自分の仕事への迷いと 



 
 でも、 会話の中から その人の 生きがいを見いだせるんじゃないか?

 っていう 作業療法士としての役割から目をそむけないようにしようと

 自分なりに努力してきた つもり・・ 





 4年目ごろから、 回想法 について 深く考えるようになる。

 回想法とは、 簡単に言うなら 高齢者に


 やがて来る死に対して、「自分の人生はいいものだったなぁ」

 と 実感していただく為に、その方の昔話を聞き 必要に応じて

 フィードバックする心理療法の一つ。 マンツーマンで行う事もあれば、

 グループ活動として行う事もある。




 お母さんに愛されて育ったあの頃  友達と仲良く楽しかった日々

 初恋の人にドキドキしたあの日   晴れ着を着た結婚式

 苦労しながらも子供を育て抜いた自分  




 

日頃 「もう お迎えにきてほしい」 と言われる方々も 

生き生きとして ご自分の 過去を話される。




 あぁ。。。




人生 って 結局、 自分がどう満足して生きてきたか? 


かも・・・

それは、楽しい事ばっかりじゃなく、

「苦労してもやり抜いた自分」という自信も・・・




 
どう 逆らったって、 人間は 老いていく。

自分が所有しているもの ( 物質的なもの 健康  若さ 心のよりどころ等 )は

すべて 少しずつ 減っていき、 自分の自由は少しずつ制限される。





いずれ それらのものが 無くなっていった時 残るもの・・・




それは、 思い出 と 生きて、生き抜いてきた自信







人生は 限られている。 長生きしたって、せいぜい100年


もう、3分の1 は過ぎていると思うと、本当に時間って大切。






多分、 私も 歳をとった時 今のお年寄りと 同じ事を

愚痴ると思う。




そんな時、過去の自分に 自信があれば、少し 楽しく

なれるかな。




自分がやりたいことを使命感を持って やってこれたと・・・

人間として全うしてきたと・・・





最近は 「 早くお迎えが来て欲しい 」 と言われたら



「 まだ、何か この世で 良い事 が ある人には、
  お迎えは 来ませんよ (ノ∀`)σ・・・ 」




ということにしている。



多分、そんな気がする。

そして、 その「いいこと」は私たちが 提供していかなくてはと 

思う。





来年の4月で 作業療法士14年目になる。




数年前から新規事業にかかわっていて、あまり 遂げられてない

自分の目標・・・



本当に その人の 人生を豊かに出来るものって何か? 

常に その視点で  関われるようにしたい






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